野菜ジュースと玄米粥でガン撲滅に成功したママンが、おまけの人生でみんなに伝えたい事

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これからはお金でなくて

お金について。
もう亡くなってしまったけれど
ママンは、明治生まれのおばあちゃんに小さい時育てられました。
そのおばあちゃんは、時が江戸時代だったらお姫様の立場の人で
士農工商の考えが身に付いていたのか、よく私に
「お金でものを考える事は、とても卑しい事だ」
といっていました。
昔は時代錯誤だなぁ・・・って思っていたけれど
今になって考えてみると、それはしごくもっともなことで
昔は、お米や物の物々交換でみんななかよくやっていたんだと
思いました。

おばあちゃんは、その時代ではめずらしい外科の女医さんで
いつもピッカピカの磨いたメスを持っていて、怪我をして化膿すると
サクッと切って治してしまったり、ぱぱっと縫合してしまったり。

そんなおばあちゃんですが、中には貧しくてお金の払えない患者さんもいて
かぼちゃとかじゃがいもとかとうもろこしとか
治療代として持ってくる人もいました。
おばあちゃんは快くそれをうけとり、よくできたとうきびだねと
おいしそうに食べていました。

むかしはこんな世界だったんだなと思います。

また、おばあちゃんはこうもいっていました。
「人に何かやってあげているときは、時計を見るもんじゃないよ。
金の計算なんかもってのほかだ。
その人の事だけ考えてよりいい方向に行くように手助けしてやるもんだよ。
ただ、やりすぎもいけない。
親切が重くなるのは良くない事だ。」

これからは一人一品持ち寄りの時代。
そして助け合いの時代。
なにも難しくないと思います。
大地震や災害でいろんなもの失ったあとは
みんなあるもの持ち寄って、炊き出ししたりまわりのひとと助け合って
生きようとする。それを災害前にやればいいんです。
きっともっと物は豊富に集まるし、たくさん人も集まって
ちょっとしたキャンプみたいで楽しいかな?
毎日でなくていいから、そんなことを週に一度とかやっていく事によって
地域のコミニュケーションもよくなるし、一人暮らしのお年寄りにも
はげみになるし、孤独死なんてこともすこしはなくなるのではと思います。

去年も向かいの都営アパートで、何件か一人ぐらしのお年寄りが人知れず亡くなっていた
ことがありました。
あの本土空襲を生き残り、戦後の日本をささえてふんばっていた人の最期が
ひとりぼっちなんて、なんてさみしい。
せめてありがとうございましたと送りたかったと思うのは
ママンだけでしょうか?

なーんてこと思って ドイトででっかい鍋買ってきた
今日のおにぎりさんでした。
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